2006年の5月の末。東京の片隅に映像の企画・演出業を営む一頭の"しろくま(37歳)"が住んでいました。睡眠不足に悩まされながら、一生懸命、クライアント様から頂く映像制作の仕事に励む毎日。いっぱしの映画青年だったしろくまは、時折、ふっと「映画が撮りたいなぁ...」なんて思うコトもあったりはしましたが、生活は大事。お腹が減っては戦はできませぬ。

"しろくま"が学生の時代から思えば夢のような機材環境。今すぐにでも映画が作れるだけの機材が目の前にあるのです。けれど、そんな時間も暇もありません。映画作りには時間と大勢の人の協力が不可欠。"しろくま"も今では一頭の立派なプロ。自主制作とはいえ、ヘタな作品は作れません。だって恥ずかしいんだもの。。。

そんな"しろくま"でしたが、流行モノには目茶苦茶弱く。最近流行のSNS・mixiなんてものにはキッチリ入っていたりしました。当初のmixiはまだまだフロンティア。早速、「ショートフィルム研究」というコミュニティを作ってみたりしました。「人、集まらないなぁ...」なんて、ぼーっとほって1年が経ち、2年が経って・・・、いつの間にか1,900人!?。これにはしろくま大慌て。管理人と言っても何をどうしたら良いものか。。。

困ったときは仕事に没頭して現実逃避するのが一番!そんなある日の作業中。TVのニュースから「...48時間で映画を完成させる映画祭が行われ...」というアナウンサーの声を耳にします。「これだ!!」と。幾ら時間の無い"しろくま"でも、週末の48時間程度ならなんとかなる!!けど、アメリカには幾らなんでも行ってらんないぜよ。日本でやってないんかな?と検索してみても無いみたい。。。

「おお!?」と再び閃いて、早速、「ショートフィルム研究」コミュで【「48時間で映画を作る」映画祭構想】というトピックを立ててみるコトにしました。数時間のウチにみるみる書き込みされて、相談が進んでいき、どうせやるなら「24時間が良いんじゃない?」「日本人っぽいよね」「土日で出来るじゃん」「サラリーマンでも大丈夫だし」なんて意見交換がされていって。数日中には概要決定。この熱いリアクションなら実現可能かもしれない。。。

何度かの打合せを重ねるウチに、一人、また一人と強力なスタッフが集結。「こ、これがmixiの力なのか!?」皆、映画祭なんて未経験ですが、それぞれのフィールドにおいて第一線で活躍している人々。もちろん完全に無償のボランティア・スタッフです。仕事の合間に、打合せを重ね、準備に没頭し、2006年の8月26日・27日にはプレ開催となる「第0回」を開催。参加9チーム・約60人の参加者を得て、世界で"たぶん"一番短い映画祭は無事産声を上げることができました。mixiへの書き込みから数えて、わずか3ヶ月という短期間でした。

ボク、"しろくま"が発起人となってスタートした「24時間映画祭」は、おかげさまで2006年東京大会を皮切りに、日本全国各地の皆さんとプレ開催を含めて計7回開催することができました。

2008年8月、北九州大会の時には、
「ウ〜ン、ただでさえ暑いこの季節に、こんな暑い街のみんなと24時間戦い続けるなんて!!(笑)でも北九州のみんな、アツいなぁ!盛り上がってるなぁ!!ヨォシ、これからもっともっと色んな街のみんなと、もっともっと盛り上がっていくぞぉ!!!」
と、強く心に決めました。

でも、残念ながらボク自身が「24時間映画祭」に参加したのは、これが最後となってしまいました・・・。
2008年11月宝塚大会の時、ボク"しろくま"は病院のベッドの上だったのです。

病名は肺がん。医者から「余命1年」と宣告され、驚きながらも病と闘い 生還する気満々で、「よし、次は東京大会だよなぁ〜!」と映画祭立ち上げの時からのスタッフでもあるパートナー"らいらい"(和久井)と、アツく語り合っていたのですが・・・
2008年末の冬。ボク"しろくま"は、永遠に目覚める事のない冬眠についたのでした。

残された"らいらい"始めスタッフ達はショックに打ちのめされながらも必死に、ボクがいなくなっても映画祭を続けて行こう・・・そう思いながらも、ボク"しろくま"と一緒に冬眠についてしまったようでした。

そして宝塚大会から1年半ほど経った2010年のある日。久しく更新の止まっていた24時間映画祭ホームページに、とある地域の方から一通のメールが届きます。

「24時間映画祭をやってみたいのですが、どうすればいいですか?」

その時、失意のどん底にいたボクのパートナー"らいらい"は、ふと思い出しました。

 

ボク"しろくま"が永い冬眠についた時、集まってくれた映画祭のスタッフや参加者のみんなと笑顔で交わしてた約束。

「また24時間映画祭やるよ!一緒にやるよ!」という言葉を。

でも、"らいらい"独りでは、何も出来ません。何よりまだ失意から立ち上がる力も十分ではありません。それでも彼女は ボク"しろくま"がこの「24時間映画祭」を通してやりたかった事・・・
『映画をつくることそのものを心から楽しみ、映画を愛し、関わってくれたスタッフ、参加者、観客と共にその喜びを分かち合い、笑顔になる!』
を、いま一度実現するため、かつての仲間たちに声をかけ始めてくれたのです。

すると1人、また1人と、まるで初めて映画祭を立ち上げた時のように、強い想いを心に秘めた仲間達が"ちびしろくま"のもとに集結してくれたのです。
そして、スタッフ、これまでの参加者、みんなが「待ってたよ」「この日が来るのを信じていたよ!」と言う言葉を"らいらい"にかけてくれました。

発起人であったボク"しろくま"の今の気持ちは、こうです・・・
「この世から自分が消えてなくなることよりも、この映画祭を通してつながったみんなとの『出会い』が忘れ去られ、消えていってしまうことの方が、何倍も辛くて悔しい。だから"らいらい"よ、もう一度立ち上がってくれ!そしてみんなを映画の力で笑顔にしてくれ!! だいたい、俺の婚約者だってんなら、 悲しかろうが、苦しかろうがたちあがれぇ!!」

今年、冬眠から目ざめた"らいらい"のもとに結集してくれた仲間達の手によって復活する、第7回24時間映画祭。
ボク"しろくま"も一緒に楽しみたいと思ってます。そして、みんなの笑顔に出会えるのを、心から楽しみにしてます!!